音楽の売り方、宣伝の在り方がめまぐるしく変わっていく2020年代の音楽シーン。ストリーミング全盛の時代にあっても、変わらず人の心を動かすヒットを生み出し続ける人たちがいる。時代とともに音楽の生み出し方は変わっていくのか、スタッフたちの愚直な思いは変わらないのか──アーティストをヒットに結びつける“今”のHit Makersの声に耳を傾ける連載の第5回。
今回は、MUSIC AWARDS JAPAN 2025で最優秀海外ポップス楽曲賞を受賞したロゼ&ブルーノ・マーズ「APT.」を担当した、ワーナーミュージック・ジャパンの小野誠二氏にお話を伺った。日本の洋楽ストリーミングシェアが大幅に縮小する中、「APT.」は洋楽史上最速で3億回再生を突破するという歴史的ヒットを記録した。その裏側には、ローカライズを軸とした戦略と、あの手この手で機会を創出する洋楽ディレクターの姿があった。
「洋楽で唯一、最優秀楽曲賞にノミネート」
──MAJ 2025受賞の意義
──まず、小野さんの洋楽マンとしてのキャリアについて伺えますでしょうか。
新卒でワーナーミュージック・ジャパンに入社後、まずは総務に配属されました。2年後、洋楽宣伝としてラジオや雑誌を担当するようになり、2000年にA&Rに。最初はコンピレーションを手がけるストラテジックの部署で、2003年からは主にヒップホップやR&B、ダンス系の新譜を手がけるようになりました。
手がけたアーティストや施策で特に印象に残っているのは、フロー・ライダーですかね。当時、一斉を風靡していた鼠先輩とコラボレーションさせて、フロー・ライダーの全米No.1ヒット「今夜はロウ☆ロウ☆ロウ」を「今夜はポウ☆ポウ☆ポウ」にして着うた(R)を配信リリースしたり(笑)。フロー・ライダーは本当に色々やってくれて、洋楽アーティスト初の“渋谷ジャック”を開催した時には、当時のドン・キホーテ渋谷店で“初のインストア・イベント”を実施したり、イチロー選手がフロー・ライダーの楽曲を2年連続で入場曲に使ってくれていたので、歌詞を変えて自主的に制作した“イチロー・バージョン”をイチロー選手が気に入って採用してくれて、それが縁でシアトルで対面を果たしたり、と想い出がたくさんあります(笑)
その後、ユニバーサル ミュージックへの転職を経て、再びワーナーに戻ってきました。
──それらの衝撃的なコラボを経て(笑)、ロゼ&ブルーノ・マーズ「APT.」がMUSIC AWARDS JAPAN 2025で「最優秀海外ポップス楽曲賞」を受賞しましたが、授賞式には参加されましたか?
はい、行きました。おかげさまで、ワーナーの洋楽アーティストは複数ノミネートされていましたので、洋楽部門で行ける人は全員行きましょうということで参加しました。
僕はジェフ・サターというタイのアーティストも担当しているのですが、最優秀アジア楽曲賞でノミネートされていましたので、代理で登壇もさせてもらいました。日本で世界レベルのアワードが開催されるのも初めてでしたから、非常に良い経験になりました。
──日本でこうした国際的なアワードがスタートしたことについて、洋楽に携わる立場としてどう感じられましたか?
すごくありがたいと思っています。今までは洋楽も含めた多岐にわたる部門を対象とするアワードが日本にはありませんでしたので。
授賞式に参加させてもらって、海外のアーティストや音楽関係者のさらなる参加や、海外の人たちが注目してくれるような仕掛けが必要ではないかとも感じました。すでに今後の課題として取り組んでいらっしゃるかもしれませんが、SNSをはじめメディアを通じたアピールももっとできるのではないかと思っています。
──「APT.」が受賞して、ロゼ&ブルーノ・マーズの名前が呼ばれた時のお気持ちは?
「APT.」は洋楽で唯一、最優秀楽曲賞にノミネートされたということで、画期的だなという思いがまずありました。
──受賞したことはふたりに伝えられましたか?
はい、レーベルだけでなくアーティスト側にも、ノミネートや受賞もすぐに知らせました。すごく喜んでいましたね。特に、洋楽のアーティストや楽曲で、メインカテゴリーに入っているのはあなたたちだけですよとも伝えていましたので。

「何だこの曲?」
──「APT.」のヒット要素を解剖する
──「APT.」は洋楽というカテゴリーを飛び越えて、世の中に浸透していきました。楽曲のキャッチーなところはもちろんですが、近年の洋楽のスタイルとは違った印象を受けました。
リリース前に、本国アメリカのレーベル、アトランティック・レコードが限られたスタッフ向けに試聴会をしたのですが、最初に聴いたときは「何だ、この曲?」という感じでしたね。
“アパトゥ”っていうフレーズが連呼されていて、そもそも“アパトゥ”って何? みたいな。後から「アパトゥは韓国語でアパートという意味」だと知って、「そうなんだ、でも何でアパートなの?」という次の疑問が生まれて。韓国で流行っている飲み会ゲームで「アパトゥ・ゲーム」だということも知って、ようやく理解できました。
「APT.」が、日本の洋楽の歴史を塗りかえるぐらいのヒットになったのは、後から思うに3つの要素があったと思っています。
ロゼとブルーノ、それぞれのファンダムがあったこと。そこに、良い意味ですごく違和感のある一度聴いたら脳に刷り込まれるサビとフレーズ、さらに飲み会ゲームに端を発したゲームや振り付けという要素が絡み、それが転じてダンスの振り付けになって拡散したという流れ。パズルのピースがすべてはまったという、奇跡に近い曲だと思いました。
──その「何、この曲?」という衝撃から、実際にヒットするまではどんな展開があったのでしょうか。
「これはひょっとしたら行けるんじゃないか?」という手応えはあったものの、いざリリースされてからのスタートダッシュは、日本ではそれほど良くありませんでした。はじめは海外の方がチャートや再生回数が良くて、「日本はどうしたんだ?」「もっとがんばれ」みたいなプレッシャーもありました。他国では軒並みトップ10に入っているのに、日本だけ100位台 という状況で。
僕ら洋楽チームが通常ベンチマークにしているのは、Spotifyトップ200に入るか入らないか、なんです。洋楽で200位以内にランクインするのは大体2~3曲というのが現在の状況なので、トップ200は当然目標にしつつ、上手く行ってトップ10に入れたらという望みも秘めていましたが、初日は100位以下でのデビューでした。
ただ、リリースから2日目、3日目でとんとん拍子に上がっていき、2週間後ぐらいにSpotifyでデイリー1位になったんです。トップ10に入れることが目標だったものが、気付いたらもう4位、3位という感じで、とにかく拡散のスピードがすごく早かったですね。
ですので、僕らが予算や手間をかけたのは、急速にヒットしたものをさらに大きくするための追っかけで実施した施策だったんです。
──90年代のスキャットマン・ジョン、ミー&マイ、チャンバワンバみたいな、不思議感のあるキャッチーなサウンド全開の曲が日本全国に浸透していったというのは、すごく久々な快挙だと思いました。
ご存知の通り、今、洋楽は日本で元気がないのですが、「APT.」のような曲が出れば、一気に状況が変わるということを実証してくれました。そんな曲はなかなか無いですし、見つけるのも大変だとは思いますが、揺るぎない事実としてゲームチェンジャーのような曲が現実に生まれたので、僕ら洋楽ビジネスに携わる人間はそういう曲を世界中から見つける努力をしなくてはならない、とあらためて強く思いましたね。

「幼稚園から焼き鳥屋まで」
──全方位プロモーション施策の実際
──そのみごとなヒット後に行った施策はどのように考えられたのでしょうか。
配信チャート1位になって、これはちょっと未曾有の出来事かもっていう感じが社内にも浸透し「APT.」にかけられる予算も増えました。ちょうど岡田(武士)社長の就任直前から直後だったので、これはもう振りかぶって目いっぱいやろう、という機運になっていました。
若い世代にはTikTokなどのSNSを通じて楽曲が広まっているのは実感していたので、僕らが手を伸ばしたのはファミリー層でした。「うちの子が家の中でずっと踊っています」みたいな声がたくさん届きはじめていたので、全国の幼稚園や保育園などにダンスの映像と踊り方の解説シートを配布する施策を実施しました。曲に合わせて思わず体を動かしたくなるのと、「アパトゥ!アパトゥ!」って連呼できる気持ち良さが重なり、親子で楽しんでもらえるようになりました。
こうして幅広い層に拡散していった「APT.」の良い例が、タクシー会社の三和交通さんとの施策ですね。年配のタクシードライバーさんがダンスすることで注目を集めているタクシー会社ですが、「APT.」でもダンスを踊ってもらったところ、すごく評判を呼び、三和交通さんの方でも気に入っていただきました。
僕自身も「APT.」のリリース後に赤坂の焼き鳥屋に行った際、お店にいた見ず知らずのサラリーマンの方たちに声をかけてアパトゥゲームをやってもらったことがありましたが(笑)、結果ルールも簡単ですごく盛り上がったんです。その光景を目の当たりにして、様々な層に広がりそうだと確信しました。
──SNSでの盛り上がりを世の中に広げていったことで、さらなるヒットを呼び込むことができた。
とはいえ、「APT.」が日本で歴史的ヒットになった最大の起爆剤は、リリースから約1ヶ月後の2024年11月下旬、大阪で開催された韓国のMAMA Awardsでした。ロゼとブルーノが来日してアワードに出席しパフォーマンスも披露、その模様が全世界に配信されたのですが、何と言ってもこれが日本発信だったというのがものすごく大きかったですね。ロゼはその後、東京でプロモーションを行い、ごく少数の限られたファンを集めたリスニング・イベントを行った他、「news zero」や「有働Times」といったTVのニュース番組にも出演してもらいました。音楽番組ではなくニュース番組を観る大人の層にも認知してもらいたかったんです。
──テレビというメディアに関して言えば、「APT.」のCMがオンエアされていたのが印象的でした。
今のご時世、テレビスポットってどうなの? という意見もあると思うのですが、年末年始のタイミングで「年末年始は『APT.』で盛り上がろう!」というクリエイティブに寄せてオンエアしました。若い層にはSNS、大人に向けてはテレビCMやニュース番組、さらに幼稚園などを通じてファミリーやこどもに向けた発信を行ったことで、あらゆる年齢層にアプローチでき、チャート1位をキープできたのだと思います。
──昔はテレビとラジオ、雑誌で完結していたのが、今はあらゆるメディアを想定して施策を行う必要があるということでしょうか。
もちろん曲やジャンルによって違いはあると思いますが、社会を巻き込んでヒットを生み出すということであれば、あらゆるメディアや層を横断する必要があると思います。
フィジカル全盛期の90年代は、ヒットしたら普通に30万枚、50万枚売れて、メガ・ヒットでは100万枚突破も珍しくありませんでした。まずはラジオで先行オンエアし、発売日のタイミングで一般誌や専門誌に露出して、来日したらテレビに出演してドーン! みたいな感じでした。
着うた、ダウンロードの時代になると、いかに面を取るか(=配信サイトの良い場所を取るか)という競争に移り変わっていきました。レコチョクのニューリリースの1番目に置いてもらえたら、1位が確約されるようなもので、その場所取りに各社しのぎを削っていましたね。
でも今は「これをやれば成功」という正解がない。SNSに重きを置きながらも、テレビにもまだ影響力はある。だからこそ、色々なトライをして、どこかでヒットの兆しが出たら、それを拡散・拡大することが大事なんだと思っています。

「曲を知った日がリリース日」
──ストリーミング時代のプロモーション転換
──今は、リリース前から仕込むのではなく、リリース後にどう盛り上げていくかという方にシフトしているということでしょうか?
最近の洋楽事情で言うと、リーク防止のセキュリティ上の理由もあって、事前に海外から素材や情報が来ないことが多いので、予め何かを仕込んでおくというのは、やりにくい時代になっています。
これまではCDリリースのタイミングでいかに盛り上がりを作るかというのが最重要でした。でも、ストリーミング時代になって、「APT.」もそうですが、リリース後からでもヒットが狙えるようになったので、リリースしてからどのように売っていくのかが重要だと感じます。
──「後からでもヒットが生まれる」と実感するようになったのはいつ頃からですか?
体感としては、日本でもダウンロードからストリーミングに主流が移ってから、特にTikTokなどのSNSが大きな影響力を持ち始めてからだと思いますので、2018年〜2020年にかけてくらいではないでしょうか。
かつて僕の先輩が言っていて印象的だったのが、今は「その曲を、知った日その日が、リリース日」なんですよね。20年前の曲が急にバズったりとか。特に若い人に多いのが、今までまったく知らなかったけど、SNSで流行っていて聴いてみたらすごくいい曲だった、みたいな事例が次々と生まれている。
「これをやれば正解」がなくなったかわりに、「リリースしてから時間が経ってもヒットのチャンスがある」というのは非常に面白いですし、邦楽・洋楽に関わらず、音楽ビジネスにとってはやりがいがあると思います。
──洋楽ディレクターとしては打つ手が増えたということで、今は楽しい時代とも言えるのではないでしょうか?
良くも悪くも、洋楽は事務所が日本にないので、その国におけるプロデューサー的な役割や代理人的な側面もあり、本国に確認しながら色々と施策を実践できるおもしろさはあります。一方で、アーティストが来日した際には帯同して、通訳やガイド的な役割もこなさないといけないし、雑用も含めて何でも屋的な仕事でもあります。逆に「自分はマーケティングだけをやりたい」のように業務内容をキチッと線引きしたい人には苦痛かもしれませんが(笑)
コロナ禍になって、リモート取材が一般的になった影響もあり、コロナ以降はプロモーション来日の機会が激減しました。コンサートやライブで来日しても以前のようにプロモーション稼働してくれないアーティストも増えました。でも、来日してくれないから売れない、ライブで来日してもプロモ稼働しないから売れないではなく、発想を転換して、アーティストが来日しなくてもできることを考えてマネタイズまで結びつける必要があると思っています。
例えば、弊社では、2年ほど前から来日公演を行う会場で、終演後にトレーディングカード的なカードを無料で配布する施策を可能な限り実施しています。このカードにはQRコードが印刷されていて、コードを読み込むとそのアーティストのプレイリストを聴くことができます。たかがカード1枚なんですが、アーティストの写真を前面に出してライブの日付を印刷したり、来場してくれたファンの方には記念のお土産として喜んでもらっています。アナログ的なリーチもデジタルの施策も、あの手この手でリスナーやファンとの接点や機会を創出していくことが今、本当に必要なことだと実感しています。
「10個トライして、1個成功すればいい」
──世代を超えた試行錯誤と挑戦
──小野さんの部署にはSNSを自在に使いこなすデジタルネイティブの若手スタッフも在籍されていると思いますが、彼らの世代ならではの発想もありそうですね。
はい、僕以外は皆20代から30代半ばのスタッフです。僕自身はTikTokが得意でもないですし、観ると疲れちゃうタイプ(笑)。なので、若手が得意なフィールドに僕のノウハウやアイデアをミックスしてインパクトあるコンテンツを生み出せたらと思って試行錯誤しています。
会議でも、僕が「エド・シーランと言ったら、やっぱり大江戸線じゃない?」みたいな昭和のオヤジ・センスで発言すると、若手からは反対意見も返って来たりしますが(笑)、カッコイイものだけがすべてじゃなくて、良い意味で違和感というか、引っかかるものが大切だと思うんです。昨年9月に実施したエド・シーランと大江戸線との異色コラボも、おかげさまで大きな反響を頂いて、東京都さんからも感謝を頂きました。
──何でもトライしてみて、楽しみながら前に進んでいるという感じですね。
うまくいくものもあれば、いかないものもあります。でも、個人的にはアーティストに対するリクエストやこうした施策は10個トライして、1個成功すれば大成功くらいに思っています。失敗しないと成功に繋がっていかないのでトライは続けて行きたいと。
あと、これは日々感じていることなんですが、日本における洋楽マーケットがシュリンクしている背景には、邦楽と比較した場合に洋楽は圧倒的に“共感を得られにくい”という点があるのではないか、と思っています。TikTokを代表とするSNSでは、邦楽曲は歌詞や言葉の面白さや世界観などがリスナーの共感を得て爆発的に拡散していく、という現象が起こりますが、洋楽では特徴あるダンスが少しバズってすぐ収束する、みたいな現象にとどまることが多く、これは言葉の壁もあって歌詞や世界観が伝わりづらいのが要因なのでは、と思っています。なので、今後の洋楽ヒットを創出する上では、如何に日本のリスナーにとっての共感ポイントを作り出せるかが重要なんだと思います。
──小野さん自身も出演されているショートドラマ「洋楽に救われたい」がInstagram、TikTokで展開されていますが、これもそのトライのひとつと言えそうですね。
Instagram - 洋楽に救われたい(savemeyougaku)
はい、出たがりなもので自分でも出ています(笑)。前述の通り、どうやったら洋楽曲で日本のリスナーにとっての共感ポイントを作り出せるか、というのを考えていた時に、ここ数年急速に伸びているショートドラマと掛け合わせて、洋楽の歌詞を題材にショートドラマを作れないかというアイデアを模索していました。そんな時に、部下のスタッフが別軸で動画クリエイターのただつわたなべさんにアプローチして、今回の施策案を進めてくれて実現しました。ワーナーミュージック・ジャパンがこのチャンネルに関連しているとは打ち出していないのですが、広い意味で「洋楽」に共感を持ってもらえたらと思っています。

「ファンダムの構築が今後のテーマ」
──洋楽業界の協力と未来への展望
──洋楽業界が一緒になって盛り上げていこうという動きはあるのでしょうか?
以前から僕は他社の洋楽担当者との交流が好きで、よく情報交換しています。自社のアーティストだけでなく、日本の洋楽シーン全体を盛り上げたいと常々思っていて、ユニバーサルに在籍していたときは、ソニー、ワーナーと予算を出し合ってグラミー賞の特番を制作し放送したりしました。
また、コロナ禍には来日公演がなくなって、リリースも減ったので、洋楽メジャー3社共同企画として「HYPERおうちフェス2020」というオンライン・フェスを企画しLINE LIVEで配信しました。フェスのようにタイムテーブルを作りミュージックビデオを配信するのですが、3日間にわたって開催しすごく大きな反響でした。1日目がワーナーのステージでブルーノ・マーズがヘッドライナー、2日目はユニバーサルでトリがアヴィーチー、3日目はソニーでワン・ダイレクションというように、架空のフェスなので好き勝手に出演させて(笑)。要はタイムテーブルに沿って、ミュージック・ビデオを流すというシンプルな内容なんですが、珍しかったのか総計20万人くらいの視聴者が楽しんでくれました。「自分と同じように洋楽が好きな人がこんなにいてうれしい」というコメントがあったり、「こことは別でまたみんな繋がりましょうよ」という動きにも派生して、これはいい感じだなと思えたんです。
洋楽には今、ファンクラブというものがほぼ存在しない。でも、今後は洋楽もファンダムをちゃんと意識して、そういったスーパーファンに向けての施策や交流出来る場所を提供しないといけないと痛感しました。こうした取り組みは1社だけではなかなか実現出来ないと思うので、大きな枠組みとしてレコード会社だけでなくプロモーターさんやメディアの皆さんの協力もお願いして、実現して行けたらと思っています。
──ファンが繋がれる場所として喜ばれそうですし、洋楽再興の一助にもなりそうですね。
実はユニバーサル時代に一度、洋楽のファンダム・アプリを作ろうと動いていました。今で言うとHYBEが運営しているWeverseの洋楽版的な感じなんですが、アプリ上でファン同士の繋がりを生み出したり、ファンの熱量を測ってそれをまたビジネスに繋げて行き、その代わりファンの皆さんにはコンサートやグッズの先行販売、各種イベント招待などのインセンティブや特典を供与するという循環モデルを実現したかったのです。数字はデータとして把握した上で、その数字では測れない熱量や生の声に接することがとても大事だと思うので、洋楽を好きになってくれるファンとの接点を増やしていけるシステムを構築する、というのも今後のテーマの1つだと思っています。
日本の洋楽ストリーミングシェアが大幅に縮小する厳しい状況でも、「10個トライして1個成功すればいい」という愚直なトライアル精神と、ジャンルを超えた音楽への愛が息づいている。幼稚園からタクシー会社、焼き鳥店、大江戸線まで──全方位に機会を創出し続けるその姿勢は、「APT.」という奇跡的なヒットを持続させただけでなく、他社とも手を取り合いながらシーン全体を盛り上げようとする“洋楽愛”を浮かび上がらせる。
「曲を知った日がリリース日」というストリーミング時代において、正解のない中で色々なトライを続け、ファンダムという新たな接点を模索していく──その先に、洋楽再興の未来が見えてくるのかもしれない。
(TEXT:油納将志 PHOTO:島田香 PRODUCE:本根誠)
Hit Makersが選ぶ原点の5曲
My Roots 5
by 小野 誠二
Monkey Magic (1978)
Godiego
Raspberry Beret (1985)
Prince
Jump (feat. Nelly Furtado) [Let’s Go Ichiro Remix] (2009)
Flo Rida
Dream Girl (Feat. Lecca) (2012)
Sean Paul
Dilemma (2019)
JP THE WAVY & RIRI
PROFILE
小野誠二/おの・せいじ
神奈川県出身。青山学院大学文学部英米文学科卒業後、プリンスが好きという理由で1992年にワーナーミュージック・ジャパン入社。総務部を経て1994年より洋楽部にてメディア宣伝・コンピレーション制作に従事。2003年よりA&R/マーケティング担当としてショーン・ポール、フロー・ライダー、ブルーノ・マーズなど世界的アーティストの日本展開を歴任。ユニバーサルミュージックでのキャリアを経て、2024年6月に古巣ワーナーミュージック・ジャパンへ復帰。洋楽の再活性化を目指し挑戦を続けている。
一般社団法人日本レコード協会では、ウェブサイトの利便性向上を目的としてCookieを使用しています。一部のCookieは、当協会のウェブサイトとサービスを正しく機能させるために欠かせない「必須Cookie」です。その他のCookieは任意で、閲覧者に合わせた広告の配信や利用状況の分析など、ウェブサイト上で質の高い体験を提供するために使用されます。全てのCookieの許可、任意のCookieの拒否、または任意のCookieの個別管理が行えます。いずれかを選択しない場合、既定のCookie設定が適用されます。Cookieの設定はいつでも変更できます。詳細については、プライバシー・ポリシーをご確認ください。