音楽の売り方、宣伝の在り方がめまぐるしく変わっていく2020年代の音楽シーン。ストリーミング全盛の時代にあっても、変わらず人の心を動かすヒットを生み出し続ける人たちがいる。時代とともに音楽の生み出し方は変わっていくのか、スタッフたちの愚直な思いは変わらないのか──アーティストをヒットに結びつける“今"のHit Makersの声に耳を傾ける連載の第3回。
今回は、MUSIC AWARDS JAPAN 2025でTop Global Hit from Japanを含む4部門受賞を果たしたYOASOBIを担当する吉野麻美氏と鎌田海依氏にお話を伺った。「正解はわからないけど新しい挑戦を」とテイクを重ねた「アイドル」のレコーディング現場、LA初ライブで日本語楽曲を合唱する多国籍の観客に「音楽の力」を肌で感じた瞬間──マネジメントとレーベルが一体となった少数精鋭チームで「遊び心」を大切にしながら世界に挑むふたりが語る、グローバル時代の音楽制作とプロモーション戦略とは。
「マネジメントとレーベルが一体のチーム」
──少数精鋭の7名
──最初に、おふたりの役割とYOASOBIチームにジョインされた時期を教えてください。
吉野:私は2015年にソニー・ミュージックアーティスツに入社しました。バンドやシンガーソングライターなどのマネジメントを担当した後、2020年にソニー・ミュージックレーベルズへ異動になり、YOASOBIのマネジメント兼A&Rスタッフとしてジョインしたのは2020年の年末です。『NHK紅白歌合戦』に初めて出場し、翌月に「怪物」がリリースされたタイミングですね。
鎌田:私は2020年にソニーミュージックグループに入社し、最初はCD営業として、横浜や新潟、その後は新宿や渋谷の店舗担当となり、YOASOBIチームにジョインしたのは2023年の4月、ちょうど「アイドル」がリリースされたタイミングです。吉野と同じく、マネジメントとA&Rを担当しています。
──YOASOBIを担当することが決まった時の心境はいかがでしたか?
吉野:2人組ユニットの担当は初めてだったことに加え、ひとつのチームでマネジメントとA&Rを担当する形態だったので、これまでマネジメントに専念していた自分にとっては新しい経験の連続でした。また初めての紅白直前というタイミングでもあったので、とても貴重な舞台を見させてもらっているものの、自分は今この瞬間どう立ち回るのが正解なのかというのをすごく考えながら過ごしていましたね。
──レーベルとマネジメントが一体となった体制の利点をどう感じていますか?
吉野:利点はすごく感じています。ひとつの決定をする際、マネジメントとレーベルが役割として分かれている場合は、それぞれ判断しなければならず、どうしてもタイムラグが生まれる。そこでぱっと判断できたらすぐに進んで良い形になったのにという場面が、マネジメントに長く携わってきた中でありました。必ずしもチームとしてまとまっていた方がいいということではないですが、YOASOBIにおいては、マネジメントとレーベルが同じチームであることでとても円滑に進んでいます。
鎌田:昨日決めたことが明日その場でスタートする。フレキシブルに対応できるチームだからこそ実現するスピード感に驚きつつ、徐々に慣れていった感じです。
──現在のチーム体制は何人ですか?
吉野:今年の夏頃、新しいスタッフが3人加わりました。
鎌田:海外プロモーション担当のスタッフ、オフショットやSNSといった映像周りを担当するスタッフが加わり、コアスタッフが計7名になりました。また状況に応じて、配信やライブのセクションも入ってくれています。
──今年の夏前までは4人でやられていたということですね。
吉野:そうですね。プロジェクトの創始メンバーである屋代(陽平)と山本(秀哉)に加え、鎌田、私の4人でやっていましたが、途中、屋代が異動で抜けたので、一時期は3人になったこともありました。
「音楽が持つ力を体感した」
──MAJ 2025で4部門受賞
──チームの支えがあってのMUSIC AWARDS JAPAN 2025での4部門受賞と思いますが、率直なお気持ちを聞かせてください。
吉野:スタッフも授賞式に出席させていただき、貴重な経験となりました。その場に立ち会わせてもらっているということに結構ぐっとくるものがあって。他のアーティストの方の受賞の瞬間を実際に見たことで、YOASOBIもここに並んで受賞させていただいたんだという光栄な思いと誇りを感じました。私もステージに1回上がらせていただいたのですが、メンバーやプロデューサーの山本と屋代は、私たちに上がりなよと言ってくれて、そんなところもすごくYOASOBIチームらしいなとあらためて思いました。
鎌田:アーティストが素晴らしい楽曲を作ってくれたからこそ、多くの人に届けられたというのが大前提にあります。私たちもプロモーション面でサポートしていますが、YOASOBIが4部門で受賞できたのは、Ayaseが楽曲を作って、ikuraが歌唱し、その楽曲が世界的に評価されたからにほかなりません。ふたりの創作が表彰という形で広く認知される場に立ち会えたことは、アーティストにとっても意味のあることですし、そこに携わっている私たちとしても本当に誇らしく感じました。Ayaseとikuraはスタッフをすごく思いやってくれていて、ひとつのチームで頑張っているという意識を共有してくれるので、私たちが表彰の舞台に参加できたことは、大きなやりがいを感じましたし、今まで頑張ってきて良かったなと思いました。
──4部門受賞に至るまでの活動で最も印象に残っているエピソードを教えてください。
吉野:楽曲ひとつひとつが大きな出来事なのですが、その中でも「アイドル」のレコーディングは特に印象的でした。タイアップのお話をいただく前からAyaseが『【推しの子】』のファンだったので、ファン心で長い時間をかけて書いた曲が最終的に「アイドル」という形になりました。レコーディングでは「正解かはわからないけど新しい挑戦をしたい」という気持ちで何テイクも重ねながら、ikuraの歌い方や声色を実験的に試していました。最終ミックスまで「本当にこれでいけるかな」という心配はありながらも、Ayaseの想いが込められた曲だからチームでしっかり押し出していこうと。すごく鮮明に残っているレコーディングの瞬間ですね。
──そういう光景を見ていたら、やはりひとりでも多くの人に聴いてもらいたいという気持ちになりますね。
吉野:思いますね。レコーディング中にも「ここをTikTokで切り出そう」とか、「音源を使いたくなるようなタイトルをつけよう」といった話をすることもあります。制作を間近に見ていることで、こんな風にやろう、あれもやってみようなどと色々現場で話し合うのですが、これもすごく大切な時間だと思います。
鎌田:私がジョインしてから一番ワクワクしたのは、88rising主催の「Head In The Clouds Los Angeles」です。YOASOBIとして初のアメリカでのライブでした。アメリカでもストリーミング再生数が多いことはデータからわかっていたものの、現地のリアクションは未知数で、アーティスト、スタッフ含めて不安を抱えながら臨みました。でも、そこで目にしたのは、様々な人種の人が日本語で合唱している光景でした。日本の音楽が海を渡って、国を越えて人の心を動かし、人生を変えるきっかけになるような形で届いているんだと肌身で感じた瞬間でしたね。その光景が目に焼き付いていて、その後のアジア・ツアーやコーチェラ・フェスティバルへ向かっていくチームのモチベーションに繋がったと思います。

©CEIPA /MUSIC AWARDS JAPAN2025
「データと現場の両輪で進める」
──グローバル展開の戦略
──海外展開はいつ頃から意識されていましたか?
吉野:私がチームにジョインした頃も、YouTubeやSNSで海外からコメントが寄せられるなど、デジタルでの反響は感じていました。当時はコロナ禍でしたが、まずは日本のファンに初めましてという挨拶を兼ねたライブを行っていこうという指針の下で日本武道館公演を行い、海外進出は国内の一連の動きが終わってから、というのがチームで共有していた意識だったように思います。特にアジア圏では曲を聴いていただいているという数字は見えていたのですが、88rising主催の「Head In The Clouds Jakarta」にお声がけをいただき、現地のファンがどういうテンション感なのかをまずはフェスで確かめたいという思いが初の海外フェス出演につながりました。
──海外への音楽の届け方について、具体的にどう実行されていますか?
吉野:国別のストリーミングデータを見ながら、お声がけいただいた現地のフェスでライブをやっていく。そこでは観客規模や盛り上がり方といったデータを集めながら、ワンマンライブを組んでいく流れです。まずはフェスでパフォーマンスすることで、アーティストもその国の雰囲気や温度感を知ることができますし、チームとしてもテクニカル的な状況を知ることができるという安心感がある。さらに、1回フェスで行ったからこそ、ワンマンで「ただいま」ができるというのは、アーティストにとっても嬉しいところなので、今はこのスタイルが良いのかなと思っています。
鎌田:初めての試みが多く、トライアンドエラーの繰り返しです。例えば、ツアーで複数国をまわるときに、平均所得が日本の3分の1とか5分の1の国だけチケット価格を下げるのはフェアじゃないという問題がある。他方、平均所得が少ない国はチケットやグッズの売り上げに影響が出てしまうということも現実としてあるのですが、そのようなところを現地に行ってフィードバックしながら、次の展開を考えています。最近は日本のアーティストのアジア進出がすごく活発になってきているので、どのタイミングで、どういうプロモーションで、どういうチケット販売で展開していくかをしっかり考えないとステップアップできない。今どういう情勢なのか、他のアーティストはどんな状況かということを現地プロモーターと緻密に話し合いながら、タイミングやプロモーションを精査していかなければいけないと思っています。
「遊び心を大切にする」
──YOASOBIらしさの本質
──チームとして一番大切にしている指針は何でしょうか?
鎌田:数字は重要な要素ではありますが、数字を最重視するのではなく、現地で感じることの方が大切だと考えています。YOASOBIは小説を音楽にするユニットなので、小説と音楽、ユーザーも含めた全体のプロジェクトとして魅力の度合いを上げていくことが必要です。数字だけにフォーカスして、「アイドル」が売れたからこういう曲を作ろうというやり方をすると、根本的な大切な部分がなくなってしまう。音楽の移り変わりは早いので、その時は聴かれたとしても、10年後も聴かれるアーティストには紐づかなくなると思います。私たちは会社員なので数字も意識はしますが、アーティストを広げていくということにおいては、色々な視野を入れながら、数字もひとつの要素として捉えていくことが必要だと思っています。
吉野:YOASOBIという名前の由来でもあるのですが、Ayaseとikuraが昼はそれぞれソロで活動していて、夜の顔としてYOASOBIをやる。その「夜遊び」という意味で、遊び心や楽しい要素を大切にしたいという思いがYOASOBIという名前になっています。ライブや音楽作りはもちろん、何か施策をする時も自分たち自身が楽しいと思うかというところは大切にしています。ファンの方たちにも楽しいと思ってもらえるように、「遊び心」を大事にしながら施策を考えています。
「予測できない中で柔軟に対応する」
──ソーシャルメディア戦略
──ソーシャルメディアを使った施策で重視していること、印象的だった施策について教えてください。
吉野:発信方法は楽曲ごとに変えています。アニメタイアップならTikTokで音源を切り出して使用回数を増やす施策を考えたり、4名の直木賞作家とコラボレーションした際は、原作小説を書籍として販売したりしました。届けたい層によって媒体を変えるという感じです。書籍を手に取ってほしければ出版物として、もう少し気軽に手に取ってほしければウェブなど、その時々によって変化させているのがプロジェクトの特徴だと思います。
鎌田:昨年7月リリースの「UNDEAD」は、少し時間が経ったタイミングでTikTokの振り付け動画と一緒に流行り、そこから再生数が伸びていきました。偶発的で予測できない部分ではありますが、そうなった時の柔軟性が大切だと感じましたね。今、10代や20代が音楽に触れる機会のほとんどはSNSです。何をきっかけに火がつくかがわからない中で、どう仕掛けて広げていくかというところは、考え方をより柔軟にしないといけないと思っています。
──SNSのより良い運用には何が必要だと考えていますか?
鎌田:それぞれのSNSで最適な形があると思うんです。例えばTikTokなら、どういう画角や音源の切り出しがハマりやすいかといったアルゴリズムがあるので、そこを追求していくことに加えて、投稿数を増やすこともひとつのアプローチです。この点はコアスタッフを増やして強化しているほか、ビジュアルディレクター、クリエイティブディレクターにも参加してもらい一緒に作っています。偶発ではなく、チーム・組織として狙ってやっていけるように、クオリティや投稿頻度の強化にトライしていきたいと思っています。
吉野:バズをさらに大きくする方法も常に変わっていくので、社内で最近の事例や意見を聞きながら、試しながら進めているという感じですね。
「より深いファン層を広げていく」
──今後の展望
──10月2日リリースの新曲「劇上」では、Ayaseさんが初めてヴォーカルを担当されました。今後の展望についてお聞かせください。
吉野:書いている中で、Ayaseが歌うということになり、そのデモが届いて私たちも驚きはあったのですが、新しいYOASOBIをみなさんに届けられたのではないかと思っています。今後もコンスタントに作品をお届けしていきますが、国内・海外ともコア層を増やすというのがチームで共有している課題です。YOASOBIを知ってくれている人がもう1歩踏み込んでくれたり、小説を音楽にするユニットの楽しみ方をもっとたくさんの人に知ってほしいと思っていて、ファン層を広げていく施策は色々考えていきたいです。今回の国内40公演ツアーでは、5年越しで初めてライブに来てくれたファンの方との出会いもありました。地方を巡るからこそ出会える人たちがいるのだなと改めて感じたので、ライブも含めて裾野を広げていきたい。海外も目指していきたいと思っていますが、国内の強化にも同じくしっかり取り組んでいきたいです。
鎌田:今年は楽曲リリースがそこまで多くなかった年なので、まずは「劇上」の展開をやりきるというのが目の前の目標です。開催中のツアーは、国内のファンにより深くYOASOBIのことを知ってもらい、より好きになってもらうためのものだと思っています。楽曲リリースやライブ活動を通じて、「聞いたことあるアーティスト」から「YOASOBIじゃなきゃいけない」というファンベースをどんどん増やしていけたらいいなと。来年以降は、YOASOBIが海外で聴かれている今しかないチャンスを逃さず、しっかり展開していきたいと思っています。

YOASOBI『劇上』
吉野氏と鎌田氏が語る制作現場では、アーティストの純粋なクリエイティビティを最大限に活かすチーム体制と、グローバル時代に対応した柔軟な戦略がみごとに融合している。マネジメントとレーベルが一体となった少数精鋭チームだからこそ実現する「昨日決めたことが明日スタートする」スピード感、「アイドル」制作時の「正解はわからないけど挑戦する」実験的姿勢、LA初ライブで多国籍の観客が日本語で合唱する光景に感じた音楽の普遍的な力──これらすべてが、YOASOBIという名前の由来でもある「遊び心」という原点から生まれている。
数字だけを追わず、データと現場感覚の両輪を回しながら、アーティストとスタッフが対等なパートナーとして「楽しむ」ことを忘れない。偶発的なバズにも柔軟に対応し、ビジュアルディレクターやクリエイティブディレクターといった専門性を持つスタッフを増やしながら組織として進化を続けるYOASOBIプロジェクト──その成功の本質は、「小説を音楽にする」という独自性を守りながら、常に新しい挑戦を楽しみ続け、「聞いたことあるアーティスト」を「YOASOBIじゃなきゃいけない」存在へと昇華させていく、チーム全体の愚直な姿勢にあるのかもしれない。
(TEXT:油納将志 PHOTO:島田香 PRODUCE:本根誠)
Hit Makersが選ぶ原点の5曲
My Roots 5
by 吉野 麻美
ファイトソング
嵐
Sing, Sing, Sing
Louis Prima
贈る詩
ゆず
ひとつだけ
矢野顕子 with 忌野清志郎
ばかまじめ
Creepy Nuts×Ayase×幾田りら
Hit Makersが選ぶ原点の5曲
My Roots 5
by 鎌田 海依
Paradise City
Guns N’ Roses
Angel
Jimi Hendrix
Sacred Darkness, Sunshine
Mora Mothaus
STREET FIGHTER 888
LEX feat. Only U & Sleet Mage
ダイヤモンド
BUMP OF CHICKEN
PROFILE
吉野麻美/よしの・あさみ(写真左)
2015年、ソニー・ミュージックアーティスツ入社。アーティストマネジメント業務を行うなか、2020年よりYOASOBIプロジェクトに参加。現在はSML Management及び、社内新レーベル・Echoesにて、YOASOBIをはじめとするアーティストマネジメントを担当している。
鎌田海依/かまた・かい(写真右)
2020年、ソニーミュージックグループ入社。パッケージセールス及び、パッケージ販促担当を3年経たのち、現在はソニー・ミュージックレーベルズ SML Management及び、社内新レーベル・Echoesにて、YOASOBIをはじめとするアーティストマネジメントを担当している。
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